報恩講

 報恩講(ほうおんこう)は、宗祖(しゅうそ)親鸞聖人(しんらんしょうにん)の遺徳(いとく)をたたえ、その御恩(ごおん)を報(ほう)ずる法要(ほうよう)である。親鸞聖人(しんらんしょうにん)の三十三回忌(さんじゅうさんかいき)に際(さい)し、報恩講(ほうおんこう)と名付(なづ)けられて以来(いらい)、毎年(まいとし)宗祖(しゅうそ)の御命日(ごめいにち)を縁(えん)として、脈々(みゃくみゃく)と営(いと)まれ続(つづ)けている。

 親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、阿弥陀如来(あみだにょらい)の本願(ほんがん)の教(おし)えを明(あき)らかにされ、その九十年(くじゅうねん)のご生涯(しょうがい)を、念仏(ねんぶつ)の道(みち)ひとすじに歩(あゆ)まれた。今、私(わたくし)たちが、浄土真宗(じょうどしんしゅう)の救(すく)いのよろこびにあえたことも、聖人(しょうにん)のご苦労(くろう)のたまものである。

 報恩講(ほうおんこう)に際(さい)し、本願寺(ほんがんじ)第八代(だいはちだい)蓮如上人(れんにょしょうにん)は、お示(しめ)しになられた。

 

 すみやかに本願(ほんがん)真実(しんじつ)の他力(たりき)信心(しんじん)をとりて わが身(み)の今度(こんど)の報土(ほうど)往生(おうじょう)を決定(けつじょう)せしめんこそ まことに聖人(しょうにん)報恩謝徳(ほうおんしゃとく)の懇志(こんし)にあひかなふべけれ

 

 他力(たりき)の信心(しんじん)を得(え)て、浄土(じょうど)の往生(おうじょう)を決定(けつじょう)することこそ、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の御恩(ごおん)に対(たい)する、なによりの報謝(ほうしゃ)となるのである。

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